正月に友人から年賀状をもらった。その中に、「仏教はインドでなぜ滅んだのか、知りたい」と書いてあった。
仏教はインドで生まれ、現在は日本、台湾や東南アジア諸国で信じられており、世界3大宗教に数えられている。にもかかわらず、インドに仏教徒はほぼいない[1]。なぜだろう?
高野山大学に行く前は、私も不思議に思っていた。
理系の違和感ではなく、普通の疑問だが、意外とその理由は知られていない!
「学んだ仏教」の最終ブログとして書いておこう。
イスラム勢力の侵攻
イスラム勢力が8世紀ぐらいからインド侵入を始める。
その後、11世紀に略奪的軍事遠征が始まり、12–13世紀には恒久的なイスラム政権支配を目指すようなる[2]。でも、行政・徴税・軍事制度の整備が主体で、宗教改変にはそれほど興味はなかったようだ。
仏教の終焉
この流れの中で、1203年にビクラマシーラ(現在のビハール州)の大僧院がイスラム勢力により破壊され、仏教が終焉を迎える。
宗教改変に興味がなかったと言われているのに、なぜ、仏教の大僧院が狙われたのか?
大僧院が金持ちだったから、金のために狙われた、らしい。
大僧院が破壊されたとはいえ、もし仏教が民衆の生活に根付いていたなら、そう簡単には根絶やしにされないはずだ。
でも、滅びた。
これは、12世紀ごろのインドでの仏教のあり方のせいだ。
当時、仏教は王侯貴族の庇護のもと、ヴィクラマシーラやナーランダーなどの大僧院を中心に、僧侶が難解な儀礼・哲学を学ぶ、知的宗教となっていた[3]。民衆から離れていたようだ。
そのため、僧院が破壊されると、指導者が消え、教学の継承が止まり、経典の管理・伝承も困難となる。一度滅ぼされると、宗教としての生存が極めて難しくなってしまった。
民衆レベルでみると、仏陀はヴィシュヌの9番目の化身となり、日常的な家庭祭祀をほとんど持たない仏教は、ヒンズー教と区別が曖昧となり、「仏教である必然性」が薄れていたようだ[4]。
まあ、大僧院が破壊された後も、地方や山岳部には小規模な仏教共同体が残存していたことが知られているが[5]、たいした力は持たず、仏教は滅亡へと進んでいく。
ヒンズー教の生き残り
ヒンズー教はイスラム支配下でも滅ばなかった。
現在でも、ヒンズー教はインド最大の宗教だ[6]。不思議に思ってしまう。
ヒンズー教は、ちょっと特殊な宗教だ。
ヒンズー教徒とは、特定の教義や信仰によって定義される人ではなく、インドに息づくダルマ(秩序・生き方)に基づいて生きる人のことである。
特定の創始者や統一教典を持たず、シヴァやヴィシュヌ、女神など信仰対象は多様で、生まれや家族、地域に応じた義務や儀礼を果たし、カルマと輪廻の思想の中で生きている。言い換えると、インドに生まれると、それでヒンズー教徒であり、ヒンズー教は社会と生活そのものなのだ。
それは、強いな!
侵略者から見ると、ヒンズー教は分散型・生活密着型の宗教で、寺院も比較的小規模であっため、「燃やす中心」がなかったようだ。
別の方向から見ると、身分制度、職業分業、婚姻規範などを含む社会構造そのものであり、税を取る単位、行政を運営する上で、イスラム側にとっては都合の良い仕組なのだ。
彼らは、破壊するより「使った方が便利」と考えた。
このように、社会構造そのものであるヒンズー教は生き残ったが、高度な知識宗教だった仏教は、大僧院破壊により消滅した。
改宗の問題
では、仏教終焉後、仏教徒はどうしたのだろう。
普通に考えると、生き残ったヒンズー教に改宗したのかと思う。
しかし、仏教徒はヒンズー教よりも、イスラム教に改宗したらしい。
ちょっと考えると不思議な気がする。
イスラム教への改宗の最大理由は、現実的な「社会的合理性」、すなわち税制だったようだ。
イスラム政権下では、非ムスリムの人には、ジズヤ(人頭税)がかかった。改宗するとこれを免れることができる!
経済的に大きな利点だ。
人頭税は、仏教徒だけでなくヒンズー教徒にも当てはまる。
ここで「仏教は創造神を持たない」という仏教の特性が効いてくる。
すなわち、戒律と僧団が消滅すると宗教的境界がとても曖昧となり、仏教徒は改宗しやすかったのではないだろうか。
人間、現実的だ〜〜
別の解釈もある。
ある授業で、仏教徒がヒンズー教徒になると、カースト制のため、改宗後はアウトカーストの奴隷にならねばならなかったが、イスラム教に改宗すれば、イスラム教にはカースト制がなかったので、普通の民となれたからだ、と教えられた。
これは嘘ではないようだが、19〜20世紀の仏教復興運動[7]などにおいて、「平等主義的イスラムvs差別的ヒンズー教」という道徳的にわかりやすい対比が、強調されすぎた面があるようだ。
イスラム勢力が「仏教殲滅」を目的とした形跡は乏しい。実際に、イスラム軍の目的は、領土獲得と略奪だったようだ[8]。よって、富があり、支配者層と結びついていた大僧院が攻撃対象になった。
すなわち、仏教だから狙われたのではなく、大僧院だったから狙われた、ということだ。
[1] 仏教徒0.7%(2025)。外務省資料(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html)
[2]https://en.wikipedia.org/wiki/Muslim_conquests_in_the_Indian_subcontinent?utm_source=chatgpt.com
[3] Ronald M. Davidson, Indian Esoteric Buddhism. A Social History of the Tantric Movement, Columbia University Press, 2002
[4] Heinrich Zimmer, Philosophies of India, https://en.wikipedia.org/wiki/Philosophies_of_India
[5] https://en.wikipedia.org/wiki/Decline_of_Buddhism_in_the_Indian_subcontinent
[6] ヒンズー教徒79.8%(2025)。外務省資料(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html)




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