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仏教とインド哲学

15-8-2 無我が抱えた問題

輪廻・業・悟りをどう説明するかブッダは、人間の中に永遠不変の自己は存在しないと説いた。この無我の教えには、大きな疑問がつきまとった。むしろ、無我を認めれば認めるほど、新しい問題が次々に現れてくる。少し考えれば、誰でも思いつく疑問だ。固定した...
仏教とインド哲学

15-8-1 無我:最大の論争、その始まり

これまで、インドでの六派哲学と仏教の間での、「難しい」論争を独断的に概観してみた。間違っている部分もあるかもしれないが、なんとなく雰囲気はわかってもらえたのではないだろうか?ちょっとだけ、詳しく、「無我」の論争について、以下に書くことにする...
仏教とインド哲学

15-7-4 仏教との論争:因果論、空への批判

1.因果論争「原因と結果は同じなのか、それとも違うのか」一見すると単純な問いだが、すぐには分からない!インド哲学では非常に重要な問題だった。仏教は縁起を中心思想としている。すべてのものは原因と条件によって生じると考える。そのため、因果関係が...
仏教とインド哲学

15-7-3 仏教との論争:刹那滅論、認識論、言語論

1.刹那滅論仏教は、あらゆる存在は一瞬ごとに生じては滅していると考えた。これが刹那滅論である。私たちは同じ人間や同じ物体が継続して存在しているように感じる。しかし実際には、ろうそくの炎が絶えず燃料を消費しながら燃え続けているように、存在は絶...
仏教とインド哲学

15-7-2 仏教との論争:自我、世界存在

1.自我論争「自己(アートマン)は存在するか」これはおそらく仏教とインド哲学の論争の中で最も重要なテーマだった。このブログ「仏教とインド哲学」を書いた最も大きな目的は、仏教におけるこの議論の発展を見てみたいからなのだ!何回か後のブログから始...