これまでは、『秘密集絵タントラ』に代表される「父タントラ(空)」と『へーヴァジュラタントラ』『チャクラサンバラ(サンバラ系)タントラ』に代表される「母タントラ(楽)」との分類にしたがって後期密教を見てきた。この分類は、大学の授業でもO先生から教えてもらったし、どこの解説にも出てくる。
父タントラは“空性と智慧”を中心とし、母タントラは“大楽や風(ルン)や滴(ティクレ)など身体のエネルギー操作”を中心とした観想を元にする。両者の違いはっきりしている。
ただ、実際には、多くの経典で、このきれいな線引きができない部分が多い(気がする)。
実際、経典原文を読んでないので、その辺にある解説書や要約書を読んでの感想であり、なんかいい加減な感想のような気もするが、、、
例えば、ブログで書いた『秘密集会タントラ』[1]の灌頂儀礼だ。父タントラに分類されながら、この経典の第二灌頂・第三灌頂には、男女和合を象徴的に、また時には直接的に描いた部分が見られる。男女双身や快楽の上昇と制御といった記述があり、母タントラと混同する。
どうも、父タントラは「空」、母タントラは「楽」という整理がしっくりこない。
生起次第
父タントラは、種子字から光が現れ、それが尊格を形成し、曼荼羅全体が透明な光の空性から展開していく──という「知」の観想と言われるが、『秘密集会タントラ』でも、身体内部の風や滴について述べている部分があり、母タントラ的様相を呈す。
一方で、母タントラ側も決して「楽」だけではない。『ヘーヴァジュラ』の生起次第では空性理解が前提として強調され、尊格は空から顕れ、空へ還るという中観的な構造を示している[2]。『チャクラサンヴァラ』の諸派も、起源はヨーギニー儀礼ながら、空性の洞察と明確な生成観の体系化を不可欠としている[3]。
つまり実際には、父タントラにも身体的・性的象徴が入り、母タントラにも空性中心の構造がある。
どちらか一方のみを純粋に体現する経典などほとんど存在しないようだ。
究竟次第
究竟次第においても、しばしば次のような整理が提示される。父タントラは光明智の顕現を中心、母タントラは風や滴のヨーガによる大楽中心と言われるが、実際には『秘密集会タントラ』にも風や滴の操作が出てくるし[1]、光明の悟りを重視するのは母タントラ側でも同じである。
チャクラサンヴァラ系では「四歓喜から光明に至る」という体系が整っており、むしろ光明の扱いが『秘密集会』より具体的な伝承すら存在する[4]。
結局、両者の違いは“体系全体としてどちらを中心に据えるか”という強調点の差にすぎず、実践内容そのものはかなり重複しているように見える。
母タントラ内部でも、全体に通じる「統一的な構造」はなく、地域差・伝承差が大きく、決して一枚岩ではないようだ[5]。共通点はあくまで「大楽」「エネルギー」を比較的強調したという程度であり、内容はかなり多様である。
なぜ後期密教は“雑多”なのか。
“雑多”であることは、すでに多くの人が指摘しているが、独断的にその状況を考えてしまった。
父タントラ、母タントラという区別は後代に主にチベットでなされた分類である。学僧たちはこの雑多さを整理し、体系化し、整然とした分類を作り上げた。
こんな雑多のものをまとめあげたチベットの学僧たちはすごい!
しかし、実際の経典に触れると、むしろその混沌とした豊かさが際立つ。経典は、空性・楽・光明・風滴などを相互に取り込みながら発展しており、「純粋な父タントラ」「純粋な母タントラ」は存在しないようだ。
師資相承の影響もあるのだろう。
『秘密集絵タントラ』の解釈学派の「聖者流」と「ジュニャーナパーダ流」でも大きな差異があり、また母タントラ内部ですら統一性はなく、地域差・伝承差が大きい。父タントラと母タントラというフレームは理解の助けになるが、実際の文献に即して考えるなら、両者は対立というより“強調点の異なる兄弟体系”と考えるほうが実態に近いかもしれない。
このように後期密教文献は雑多であり、それぞれの経典に矛盾する要素が共存していることが、研究が進むにつれて、より明らかになってきたような気がする。もし、一つ一つの経典にそれぞれ成立の意味があるなら、今後どのように整理していくか、まとめていくかは難しそうだ。
まあ、原文も読めない素人が首を突っ込む領域ではないが、この“雑多さ”こそが、後期密教の文献を読み解く際の一つの困難さであり、分野を整理する際の難しさだ。一方、場合によっては魅力だ。
後期密教の深さに触れれば触れるほど、現状の分類だけではとらえきれない複雑な姿が見えてくる。
今後の研究の発展を期待しよう!
素人、気楽ですわ〜〜〜
[1] 松長有慶、『秘密集会タントラ和訳』、春秋社、1984
[2] David Snellgrove、1959、The Hevajra Tantra: A Critical Study. 2
[3] 杉木恒彦、『チャクラサンヴァラタントラ』の成立段階について、智山学報、2001、50、A91-A141
[4] 松村幸彦、後期インド密教における成就法の研究 ― Hevajra 系を中心に ―、東北大学博士論文概要、https://hdl.handle.net/10097/00120385
[5] Davidson, Ronald、2002、Indian Esoteric Buddhism: A Social History of the Tantric Movement、Columbia University Press、New York




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