中性子文明は宗教支配の分目であった。
それが近代文明に変遷するとき、
中世キリスト教支配にあったヨーロッパでは、科学が発展した。
一方、仏教世界やイスラム教世界では、進んだ科学技術はあったが、大きく発展しなかった。
これは、一般に宗教が科学を妨げたと言うのではなく、
特定の宗教観が、科学技術を文明原理として組み込むことを可能にしたが、
別の宗教観は、それを妨げたと考えた方がいい。
科学技術とキリスト教
キリスト教において自然は「神が創造した秩序ある被造物」であり、自然研究は「神の創造秩序を読み解く営み」だった。
当時の代表的科学者であるガリレオやニュートンはキリスト教信者だった。
自然法則の発見は、信仰と対立するどころか、神の知恵を明らかにする行為として宗教的に意味があったのだ。
さらに、人間には自然を「管理」する使命が与えられていると解釈された(創世記的世界観)。自然を観察し、測定し、制御する行為が倫理的に肯定されたのだ。
この自然観が、科学を実用技術へと結びつけ、資本主義経済や国家権力と融合する基盤となった。
しかし、科学がどんどん成長し、軋轢が生まれる。
まあ、そのようなことはどこでも起こる。
子供も成長に伴い、親に反抗し、場合によっては親より巨大になる。
衝突が起こる。
- 17世紀の有名な「地動説」だ。これはやばかった。
科学がキリスト教と異なる「世界の真理」を語ろうとしたのだ。
それは衝突するわな〜〜 - 19世紀のダーウィン「進化論」だ。
生物が神の創造ではなく、偶然的変異(突然変異)と自然淘汰の結果であると唱えたのだ。
さあ、大変だ!
科学は人間観・宗教的な価値観にまで影響を及ぼすようになった。 - 1927年には、ハイゼンベルグの量子力学の不確定性原理が提出された。
絶対的な決定は、原理的にないといい出した。宗教的な言い方をすると、全てを司る絶対者である神を否定したのだ!
バチカンは、大きく揺れたと聞く。
結局、キリスト教は科学技術を生み出す基盤を与えたが、生み出した科学技術に大きくその存在を変えさせられたのだろう。

キリスト教を信仰するガリレオ (by Chat GPT)
コラム:ガリレオなど当時の科学者たちはキリスト教の信者でもあった。当時、彼らが楯突いたのは、キリスト教ではなく教会権威であったように思える。ガリレオ裁判はかなりよく調べられているようで、その経緯が分かる。
科学技術とイスラーム[1]
イスラームは近代文明とどう向き合ったか。
中世イスラーム世界では、ギリシア哲学の翻訳、数学・天文学・医学の発展が進み、理性と信仰の調和が追求された。
しかし、イスラームでは、あくまでも自然は神の意志の直接的発現と考えた。
「宗教法(シャリーア)が社会秩序の根幹である」ことが揺らがなかったのだ。
結果として、科学が「宗教から独立した世俗知」にならなかった。
最終的に、イスラーム世界では近代文明が「外部から押しつけられる」形で入ってきた。
イスラームに理性がなかったというわけではなく、理性の使い道が「神の法理解」に向いた、ということだろうか。

イスラームにおける信者の祈り (by Chat GPT)
科学技術と仏教
仏教は、そもそも社会制度や自然支配を目的とする宗教ではない。
そんなことに、関心がないのだ。
仏教は僧侶が守るべき戒律は作ったが、国を動かす法律を作らなかった。それに、社会儀礼(葬式、成人、結婚などの儀礼)にも関心がなく、仏教徒はヒンズー教のそれを借りていたと聞く。関心がないのだ!
釈迦の教えの核心は、世界を操作することではなく、苦の原因を見抜き、執着を離れることだ。仏教における縁起は、法則ではあるが、「自然を制御するための法則」ではなく、「苦を生む心的構造を理解するための法則」だ。
この点で、仏教は合理的であるが、内省的・解脱志向的であり、外には向かなかった。
仏教は、近代科学と技術を「生み出す」思想的な方向性を持たなかった。
科学技術により、自然支配を目指した近代文明の論理とは根本的に異なる。
仏教圏である中国、日本、東南アジアの国々などでも、多少の事情の差があるが、仏教は科学技術の発展に関与しなかった。

仏教における僧侶の祈り (by Chat GPT)
[1] イスラームは宗教の名称なのに「教」をつけないのは、イスラームという言葉に「道、教え」などの意味が含まれているからだ。日本語で「イスラム教」と呼んでも間違いではないようだ。



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