12-5-5 仏教縁起と科学的因果

仏教縁起と科学因果 仏教と科学の狭間で_2
仏教縁起と科学因果

仏教は「すべては関係の中で生じる(縁起)」と説き、
科学は「原因が結果を生む」という法則性を追究する。
「原因があるから結果がる」、共に同じことを言っている。

しかし、仏教の縁起と現代科学の因果律は、しばしば対立的に語られる。
両者は相容れないのだろうか、、、


因果関係が目指すもの

現代科学における因果律とは何か。
それは「ある条件がそろえば、ある現象が起きる」という再現可能な関係だ。
水を1気圧で100℃まで加熱すれば沸騰する。
ウイルスが体内に入れば感染症が起こる。
このような因果関係を積み重ねることで、自然を予測し、操作できるようになる。
ここから技術が生まれ、科学文明が発展してきた。

仏教の縁起はどうか。
縁起とは「これがあるとき、あれがある。これが滅するとき、あれも滅する」という関係の連鎖である。
たとえば、無明があるから行が生じ、行があるから識が生じる。
これは「苦がどのように生まれるか」を示す実践的な分析である。
怒りや不安、執着がどこから来るのかを観察し、それを弱めるための知なのだ。

ここで重要なのは(何度も書いたが)、
両者は共に「因果」を扱うが、目的がまったく違うのだ。
・科学の因果律は、世界を説明し、支配し、利用するための知である。
・仏教の縁起は、自分の心と行為を理解し、苦から自由になるための知である。
 こちらは「支配」ではなく「解放」を目的としている。


複雑な因果関係

現代科学を詳しく見ると、単純な因果関係だけでは世界が説明できないこともわかってきた。

量子論では結果は確率でしか語れず、
複雑系[1]では小さな原因が予測不能な結果を生む。
iPS細胞の発生も多くの条件が関係する。

もはや「一つの原因が一つの結果を生む」という単一の因果観だけでは足りない。
多くの条件が絡み合い、相互に影響しながら現象が生じるという見方が必要になる。

この点で、仏教縁起の世界観は現代科学と意外な親和性を持つかもしれない。

縁起はもともと「単独の原因」を想定しない。すべては条件の集まりによって生じる。
固定した実体はなく、関係の網の目の中で現象が立ち現れる。
この構造は、複雑系の科学など現代科学が到達しつつある「相互依存的な自然観」とよく似ている。

しかし、ここで両者を安易に同一視はできない

科学は「外界の法則」を対象にし、
縁起は「内部(心)の構造」を対象にする。
科学は「なぜ飛べるか、どうすれば飛べるか」を問うが、
縁起は「なぜ飛びたいと執着するのか」を問う。

問いの向きが全然違うのである。

最初に戻って、「縁起と科学の因果律は相容れないか」という問いは、半分は誤った問いである。
扱う方向と目的が異なるのだ。
同じ世界を見ていても、科学は「操作可能な外部法則」として見る。
仏教は「苦が生じる内部構造」として見る。

その違いが、両者を対立させているように見せている。

縁起と科学の因果律の融合は?(by Nano Banana)


心理学は理系か文系か?

現代の言葉で言えば、仏教は心理学を扱ったのだ。

現代において、大学に心理学科と言うのがあるが、
日本では、約60~70%が文系、20~30%が理系、中間が10~20%
欧米では、約40~50%が文系、40~50%が理系、中間が10~20%
現代でも、内的な心を扱えるのは、文系であり、理系(自然科学)ではないようだ。


未来の因果関係

もし現代社会が、技術的には豊かでも、心の不安と孤独を抱え続けているとすれば、それは因果の「片側」だけを発達させてきた結果かもしれない。
世界を変える因果の知は進歩したが、自分を縛る因果の知は十分に育っていない。
縁起と科学は競争相手ではなく、別の問いに答える二つの知の体系なのだ。

知らんけど!

縁起と因果律は、違う道具で、違う目的地を目指している。
共に「原因と結果」を見つめながら、片方は世界を作り替え、もう片方は心の自由を目指す。
この二つが並び立つとき、初めて現代文明は「外の豊かさ」と「内の静けさ」を同時に持てるのかもしれない。

知らんけど!


未来の夢を見た

500年後、関西のおばちゃんたちが話している。
「最近、科学的瞑想ですごい発見があったんやて!」
「タイムマシンができたそうやわ!」
「でも、原理は分からないと言わはるで!」
「なんでも、発見者の大僧侶が、祈願する必要があるらしいわ!」

近くで、別の関西のおばちゃんたちは、
「最近、すごいお風呂を大科学者が発明したらしいわ」
「それに入るとな、好きな時に煩悩を消せるんやて」
「へ〜〜、すごいな」
「ただ、みんなが使わはると、子孫ができなくなるよって、政府が規制を考えてるんやて!」

500年経っても、関西のおばちゃんは変わらないが、文明は変わったようだ。

円融文明(Harmonized Civilization)の時代と呼ばれているそうだ。


[1] 相互作用する多数の要素からなる系の振る舞いを研究する分野で、アクティブマターや液体と固体の間の相状態など多くの分野があります。

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