10-4「性の理論」(セクソロジー)の導入

インド後期密教

中世のインドタントリズムには、ヒンドゥー教や仏教、ジャイナ教の枠を超えた共通のものがあった。そこには、反社会的で性的な儀礼を行う土着宗教の影響があったようだ。墓場(尸林)での呪術や饗宴が行われ、巫女が巡礼者と性的関係を結ぶ儀礼などもあった。

インドにおけるタントリズムの興隆については、汎インド的な動きとの意見も多く、研究が進んでない分野のようだ。初期密教の起こりが「仏教がヒンズー教の影響を受け始まった」と以前に書いたような気がするが、「タントリズムには、ヒンズー教も仏教もシバ教もみんな影響を受けた「何か」があった」となるかもしれない。この「何か」が土着宗教だとすると、この土着宗教は全インド的に広がっていたのか?分からんことが多すぎる!お手上げだ!
気を取り直して、現場の理解で書いてみよう!

このような「性の宗教」は、インドで九世紀に隆盛のピークに達するが、それ以後しだいに、行き過ぎた傾向に対する反省が現れ、性的な要素を仏教的に昇華しようとする動きが出てくる。「性の理論」(セクソロジー)の導入だ。

ここでは、土着宗教から導入された「性の宗教」が、どのように仏教的に体系化されたのかを田中公明の解釈[1]をもとに見ていこう。もちろん、他の視点もあるようだが、田中のシナリオはとても綺麗で説得力があり、一つの出発点としては最適だろう。ちょっと、綺麗すぎる気もするが、、、


ブッダの成道

成道までは、ちょっと遡りすぎかもしれないが、これが大切なようだ!


いくつかの成道シナリオがあるが、その中でも多いのは、29歳で出家し、6年間の苦行を行うが、苦行では悟りを得られないと感じ、菩提樹の下で静かに瞑想することにより悟りを得た、というものでだ(ブログ「初期密教」で書いた)。
ただ、悟りの内容となると、経典により異なる。『阿含経』では「縁起の法」を悟ったこととされ、『大般涅槃経』では「空性」の悟りとして語られる。『華厳経』では、宇宙の根本原理を知ったと言われている。大乗経典である『方広大荘厳経』[2]では、衆生の苦悩の原因を順次さかのぼって無明に至り、さらにその無明を滅して苦悩の原因を断つという、「十二因縁の順観と逆観」の真理を観察して、悟りを得たとされる。

経典に書かれている仏説のどれが正しいなどと、議論する必要はない。
みんな「お釈迦さま」が言われたことなのだから、全部正しい!
ここで大事なのは、「十二因縁と輪廻転生」だ。これが、のちのち、仏教教理の性理論化と関わっていく。

一方、密教経典である『金剛頂経』の「五相成身観」[3]における悟りのプロセスは異なり、菩提心を基にした密教の立場から新たな成道を示した。このシナリオは一見、性理論とは全く関係がないように見えるが、ここでも性理論化が進むのだ。


輪廻転生と十二縁起

仏教はもともと、人間の生まれ変わり(輪廻転生)を説き、その仕組みを「十二縁起」という教えで説明してきた。この過程には、当然人が母胎に宿る瞬間(受胎)が含まれる。そのため、性行為を「命が新たに始まる瞬間」として宗教的な意味づけをしやすかったのだろう。

「命が新たに始まる瞬間」まさに、生殖だ。

『倶舎論』[4]では十二縁起を輪廻転生と結びつける。衆生は死後に「中有(ガンダルヴァ)(言ってみれば死者の五蘊)」となり、生前の業が次生へと引き継がれると説く。
「中有」は父母の性行為に遭遇すると、母胎の赤白二滴(精血の混合物)に吸着され受胎が成立する。こうして生まれた生命は成長し、誕生に至る。すなわち十二縁起において、死(ガンダルヴァの生)と生(ガンダルヴァの死)が輪廻の重要な転換点として位置づけられる。


『金剛頂経』五相成身観の変遷

密教経典『金剛頂経』に説かれる五相成身観は、ブッダの成道としてよく知られている。
①通達菩提心、②修菩提心、③成金剛身、④証金剛身、⑤仏身円満という5つのプロセスからなり、日本真言密教の瑜伽観法の中でも、最も重要なものである。一見「性理論」とは無関係なように見える。

ところが、、、

後代『金剛頂経』に基づいて製作された注釈書や儀軌類には、種々の観想法が付加されるようになってくる。たとえば、釈タントラ『金剛頂タントラ』[5]では、①通達菩提心のほんやりした月輪形の中に、②修菩提心における第二の月輪を観想すると説くようになる。さらには、『秘密相経』[6](グヒヤマニティラカ)では、①通達菩提心において出現する第一の月輪中に、Aをはじめとするサンスクリット語の十六の母音字、②修菩提心において出現する第二の月輪中に、Kaをはじめとする三十四の子音字を、観想すると説くようになった。


しかし、この意味がなかなか分からなかった[7]


『サマーヨーガ・タントラ』[8]の登場

『サマーヨーガ』から、後の後期密教へ継承された思想の中に、文字鬘(文字が数珠のように連続したもの(図参照))の観想法がある。文字鬘では、大日如来の種字「あ」を中心に、二十五の子音字に修行点と空点と涅槃点を加えて、合計百字を配する。大日如来の種字「あ」を中心に配置された百字は、大日如来の宇宙的な展開を象徴し、全てを生み出すのだ。さらに、二十五子音字にそれぞれ、修行点、空点、涅槃点を加えることで、修行の過程、空性の悟り、悟りの完成を示す。

『金剛頂経』の五相成身観では、根本仏大日如来は男性であり、一人で全てを生み出した。

簡単にいうと、単性生殖だ。

これに対して『サマーヨーガ』では、母音字と子音字の組み合わせによる男性と女性の間で生み出す。

両性生殖だ。

なんて、わかりやすいんだろう!

図。文字鬘(上は梵字、下はローマナイズ)


『ヘーヴァジュラ・タントラ』への発展

その後、多くのタントラ経典が作られる。9世紀半ば以降に成立されたとする『ヘーヴァジュラ・タントラ』では、五相成身観に対応し、①通達菩提心で出現した第一の月輪に「A」をはじめとする母音が布置され、②修菩提心において出現した第二月輪が「太陽」つまり日輪となり、Kaをはじめとする子音が布置される。五相成身観では、大日如来の単性生殖により種々の尊格を生み出したが、『ヘーヴァジュラ』では母音を布置した月輪と子音を布置した日輪による両性生殖の原理が明確に持ち込まれた。

やっぱり、「性」は命の誕生にとって、重要だ!


少しまとめておこう

中期密教経典『金剛頂経』に説かれる修行法「五相成身観」は、もともと性とは無関係だったが、成仏した金剛薩埵(=大日如来)が多くの仏を生み出した。考えてみると、男性尊が一人で生み出している「単性生殖」だ。これが上述のように、後の注釈書や儀軌類には、「五相成身観」の5つのプロセスに、月輪と日輪の観想など種々の観想法が付加されるようになる。さらに発展し、後の経典『サマーヨーガ・タントラ』『ヘーヴァジュラ』では母音(女性原理)と子音(男性原理)の組み合わせによる「両性生殖」の思想が導入されるのだ。

ここまでが、非常に荒っぽいが、「性の理論」の導入だ!

さあ、これがどのような修行方法になったのかを見ていこう。

次回からから、灌頂儀礼、生起次第、究竟次第だ。

後期密教 父母像

[1] 田中公明、1997、『性と死の密教』、春秋社

[2] 『方広大荘厳経』(=『ラリタヴィスタラ』)は大乗経典であり、ブッダの降生から初転法輪に至る前半生を記した仏伝で、多くの奇跡に重点を置いている

[3] 密教的に釈迦が成仏する(悟りを開く)までの5つの観想の過程を示すものだ。あまりにも有名なので、このブログでは、全く書かなかたた。すいません。一応、それぞれの段階について説明します。1)通達菩提心(如実知自心):この段階では、修行者が自己の本質を如実に知ることを目指す。自分自身の本質を明確に理解することが重要。ぼんやりした自身の月輪(菩提心)が見える。2)修菩提心(発菩提心): 修行者が菩提心を発し、仏道を修行する決意を固める段階。菩提心とは、すべての衆生を救済しようとする利他の心だ。月輪(菩提心)が明確になる。3)成金剛心: 修行者が金剛のような堅固な心を形成する段階。ここでの金剛心とは、不動で揺るぎない智慧の心を指す。月輪(菩提心)の中に金剛杵が立ち上がる。4)証金剛心: 修行者が金剛の心を証得し、完全な智慧を得た状態。金剛心を実際に体験し、確信を持ってその境地に至る。5)仏身円満: 最終的に、修行者が仏の身を完全に円満する段階。ここでの仏身円満とは、仏の全ての徳を完全に具えた状態を指す。智慧、慈悲、力を完全に体得し、仏の境地に至る。この段階では、修行者は完全なる覚者となり、周囲のすべての存在に対して仏の恩恵をもたらすことができる。

[4] 「世間品」(T No29)(第十一巻)

[5] 北京no.113(孫引きです)

[6] T no.884

[7] 田中[1997]によれば、「このような変化も、わが国の学者によって解明されてはいたのだが、どうしてこのような観法が付加されたのか、その理由がよくわからなかった」そうだ。例えば、「修法の過程を複雑化し、実感を増加せしめようとした」などの解釈があったが、最終的には不明であった。

[8]『サマーヨーガ・タントラ』は、不空の『十八会指帰』の九番目の経典とされ、母タントラの最初期のものと考えられている。 [田中公明、2023、『インド密教史』、春秋社、p.237

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