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インド後期密教

10-0 インド後期密教 – 出会い

出会い高野山大学へ通い出すと、色々な仏教関係のものを見る機会が増える。さらに、先生や学友との話の中で、新たな知識が増えてくる。もともと仏教について何も知らなかった私にとっては、特に最初の1年は急激にその世界が広がっていった。その中の一つの出...
仏教と科学の狭間で

11-2-2 主観的な智から普遍性へ

ここで改めて問いたい。個人的で主観的な体験から、なぜ普遍的な真理に至れるのか?仏教では、体験を通して気づくことが大切だと言う。苦しみとは何か無常とは何か執着とはどう働くのかこれらは論理ではなく、自らの修行・体験を通して実感する。当然、体験に...
仏教と科学の狭間で

11-2-1 仏教に実証はあるのか

仏教を学んでいて、いつも思っていた。「なんて論理的な宗教だろう!」例えば、部派仏教のアビダルマ(論)では、心の動きを細かく分析し、精緻な理論を組み上げている。あまりに細かすぎて、時に「そこまでやるか!」と思ってしまう。反面、いつも思っていた...
インド中期密教

9-4 密教的哲学の芽生え

唯識や中観といった大乗仏教思想と、密教的宇宙観(五大、五智、五仏など)を融合させた体系的思考が、インド密教にも現れる。密教が大乗とは思想的にも変わってくるところだろう。高野山大学の授業で I 先生に教わった。「密教教理は、基本的に大乗仏教と...
インド中期密教

9-3 空海密教における変容

前のブログで、インド中期密教と空海密教の相違について拾い出してみた。それは、1)両部曼荼羅の考えが成立したこと、2)師から弟子への密伝が国家儀礼として体系化されたこと、3)即身成仏の思想を体系化、精密化したこと、4)文化的な背景から日本的神...