仏教と科学の狭間で

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11-2-2 主観的な智から普遍性へ

ここで改めて問いたい。個人的で主観的な体験から、なぜ普遍的な真理に至れるのか?仏教では、体験を通して気づくことが大切だと言う。苦しみとは何か無常とは何か執着とはどう働くのかこれらは論理ではなく、自らの修行・体験を通して実感する。当然、体験に...
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11-2-1 仏教に実証はあるのか

仏教を学んでいて、いつも思っていた。「なんて論理的な宗教だろう!」例えば、部派仏教のアビダルマ(論)では、心の動きを細かく分析し、精緻な理論を組み上げている。あまりに細かすぎて、時に「そこまでやるか!」と思ってしまう。反面、いつも思っていた...
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11-1-2 量子力学 ー 大黒天

「仏教の人は量子力学が好きだ」に関するトピックスをもう一つ述べよう。月に一回、京都にあるH院というお寺で、勉強会が開催されるが、そこに出席するようになった。話題提供とお話をしてくださるのはS先生という方で、僧侶資格をお持ちで、非常にユーモア...
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11-1-1 量子力学 不確定性原理

仏教を学んで思ったことの一つ。仏教の人たちは科学、特に量子力学が好きだ!量子力学では、日常的な感覚からはかなり外れた現象が起こる。多分その不可解さが興味を惹くのだろうか。例えば、トンネル効果。粒子が障壁を通り抜けて、壁の向こうに存在する。ま...
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11-0 仏教と科学の狭間で

授業料を払って学んだ仏教(特に密教)について、疑問も含め、独断的に書いてきた。一方、プロローグでも書いたが、科学的思考をベースに生きてきた人間にとって、「仏教教理」だけなら「あー、そうですか。そのように考えるのですね」と知識として受け入れる...