15−4−1 バラモン教からヒンドゥー教へ : 1本道で描いてみる

ヒンドゥー教への1本道 仏教とインド哲学
ヒンドゥー教への1本道

古代インドでは、ヴェーダと呼ばれる聖典を中心とした宗教が生まれた。
それは、火の神アグニや雷神インドラなど、多くの神々に祭式を行い、宇宙の秩序を保つ宗教だった。
この祭式は複雑で、それを司るバラモンたちが社会の中心となり、これが「バラモン教」と呼ばれるようになる。

しかし、時代が進むにつれ(紀元前7世紀ごろから)、
「祭式を正しく行うことだけで、本当に人は救われるのだろうか」
という疑問が生まれてくる。

それに応えようと、ウパニシャッドが書かれ始める(前800~前500年頃)。
そこでは、
「私は何者なのか」
「世界とは何か」
「人はどのように苦しみから解放されるのか」
という内面的な探究が始まることになる。

さらに、紀元前6世紀頃になると、自由思想家と呼ばれる人が出てきて、沙門運動が始まる。その中で、仏教やジャイナ教などが出てくる。
彼らは、バラモンだけが真理を知るのはおかしいと考え、修行や智慧によって誰もが解脱できると説き始めた。

さあ、バラモン教たちにとっては、大変だ! 
(ここまでは、以前のブログに書いたところだ)

ここから、バラモン教の変化、そしてヒンドゥー教への長い長い旅が始まる。

ここで、バラモン教が消えてしまうわけではない。
むしろ、その影響を受けながら、自らも変化を始めた。
祭式だけでなく、内面的な修行や哲学を重視するようになり、人々の信仰にも柔軟に対応していったのだ。
その頃から、インド各地で信仰されていたシヴァやヴィシュヌへの信仰も大きく発展する。また、地方の神々や民間信仰あったが、それらは次第にバラモンの伝統の中へ取り込まれていく。

一方、思想の世界では「六派哲学」と呼ばれるさまざまな学派が誕生する(大胆に言うと、前200~後400年頃だ)。各派は、世界とは何か、人間とは何か、解脱とは何かを真剣に議論した(細かいことは後ほど)。その中でも、ウパニシャッドの思想を受け継いだヴェーダーンタ学派は、後のヒンドゥー教思想の大きな柱となっていく。

こうして見ると、古代のバラモン教は姿を変えながら、多くの思想や信仰を受け入れ、より大きな宗教世界へと成長していくのだ。この大きな流れを、「バラモン教からヒンドゥー教への発展」と呼ぶことにする。

もちろん、実際にはもっと複雑な時間的、地域的な事情を含む重層的歴史がある。
シヴァ信仰やヴィシュヌ信仰などはどこから来たのだろうか。
バラモン教はどのようにしてそれらを取り込んだのか。
それぞれの六派哲学は一枚岩だったのか、各派に分かれていたのか。
どのような順番で成立したのか。 
どんな議論をしていたのか。
「ヒンドゥー教」という名前は、いつから使われていたのか。

これらは、実はどれも「そう単純ではありません」。

これらについても、今後書いていく。

今の段階では「古いバラモン教が、ウパニシャッドや沙門運動の影響を受け、多くの信仰や思想を取り込みながら、現在ヒンドゥー教と呼ばれる宗教世界へ発展していった」という単純な地図・流れで十分だ、と言うことで、よろしく!

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