15−6 六派哲学 ― 内部論争

六派哲学内部論争 仏教とインド哲学
六派哲学内部論争

これまでの話を少しまとめてみる。

見てきたように、バラモン教はヴェーダの祭式を中心とする宗教から、ウパニシャッドの哲学、沙門運動との競合、さらに『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』に代表される神話や英雄伝説を取り込みながら、長い年月をかけてヒンドゥー教へと姿を変えていった。

しかし、この変化は単に神々が増えたり、信仰の形が変わったりしただけではない。その背後では、「世界とは何か」「人間とは何か」「どうすれば解脱できるのか」といった根本問題をめぐり、知識人たちが何世紀にもわたって激しい議論を繰り広げていた。

その舞台となったのが、六派哲学である。

一般には「六派哲学」と一括して呼ばれるため、六つの完成された思想体系が並び立っていたような印象を受ける(私も最初はそうだった)。
しかし実際には、それぞれの学派の内部にも異なる立場が存在し、さらに学派同士でも絶えず論争が続いていた。むしろ六派哲学とは、一つの固定した教義ではなく、多くの思想家たちが世代を超えて議論を積み重ねた巨大な学問共同体なのだ。


まず各学派の内部の意見対立の一部を見てみる。

すいません。これもどこかに書いてあったことで、聞きかじりです。


六派哲学内部論争

例えばサーンキヤ派は、純粋精神であるプルシャと物質原理であるプラクリティという二元論で知られるが、神(イーシュヴァラ)の存在を認めるかどうかでは意見が分かれた。古典サーンキヤは世界を神なしで説明しようとしたが、後代になると有神論的な解釈も現れ、ヨーガ派との接近が進んでいく。

ミーマーンサー派では、ヴェーダの文章はどのように意味を持つのかという、一見すると言語学にも見える問題をめぐって、クマーリラ派とプラバーカラ派が精密な議論を展開した。これは単なる「言葉の意味論」だけでなく「認識論(誤認識論)」も対立軸としたヴェーダ祭式そのものの正しい理解に関わる重要なテーマだった。

ヴェーダーンタ派では、①ウパニシャッド、②ブラフマ・スートラ、③バガヴァッド・ギーター(「プラスターナ・トラヤ(三大典拠)」と呼ばれる)を拠り所とするも、世界とブラフマンの関係について全く異なる解釈が内部に生まれた。
シャンカラは「究極的実在はブラフマンだけである」と説く不二一元論を唱えたのに対し、
ラーマーヌジャは「世界も実在するがブラフマンに包摂される」と考え、さらに
マドヴァは神と個人は永遠に別であるという二元論を主張した。
同じヴェーダーンタの内部でありながら、互いに鋭く批判し合ったのである。

ニヤーヤ派では認識や推論の理論が、ヴァイシェーシカ派では原子論が精密化され、数世紀後ぐらいには両者が融合して「ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ」と呼ばれるようになった。このように、どの学派も決して一枚岩ではなかった。

さらに興味深いのは、学派同士の論争である。


六派哲学各派間論争

ここも聞きかじりです。

サーンキヤ派とヴェーダーンタ派は、「世界の究極的な根源は何か」をめぐって対立した。サーンキヤ派はプルシャとプラクリティという二つの永遠の原理を認めるのに対し、ヴェーダーンタ派はブラフマンだけが究極的実在であると考える。この違いは、インド哲学を代表する論争の一つとなった。

ミーマーンサー派とヴェーダーンタ派は、「ヴェーダの本質は祭式にあるのか、それとも真理の知識にあるのか」を争った。前者は祭式という行為を重視し、後者はブラフマンを悟る知識を重視する。この対立は、日本仏教でいえば「修行を重視する立場」と「悟りを重視する立場」の違いにも少し似ている。

また、ニヤーヤ派は宇宙には秩序がある以上、その背後には創造主が存在すると論証したが、古典サーンキヤ派はそのような神を必要としないと反論した。
さらにニヤーヤ派はヴェーダを神が授けたものと考えたのに対し、ミーマーンサー派は「ヴェーダは永遠であり作者を持たない」と主張した。この発想は現代人には意外に感じられるが、「作者がいるなら誤りもあり得る」という論理から導かれた結論だった。

ヨーガ派とヴェーダーンタ派も、解脱への道をめぐって議論した。ヨーガ派は瞑想と心の統御という実践を重視し、ヴェーダーンタ派は真理についての知識こそ決定的だと考えた。解脱という同じ目的を目指しながら、その方法論は大きく異なっていたのだ。

こうした論争は、単なる言い争いではなかった。
古代インドでは討論(ヴァーダ)が極めて重視され、相手の主張を正確に理解したうえで批判し、自説を論証することが知識人の理想とされた。
時には敗者が勝者の弟子になることさえ美徳と考えられたという。
シャンカラの著作を読むと、反対説を公平に紹介してから反論するという構成が繰り返されており、当時の討論文化の成熟ぶりがうかがえるそうだ。

インド人、本当に論争が好きだ。日本人はきっとここまではやらないと思う。少なくとも私には無理だ!

このように見ると、インド思想史は「仏教とバラモン教の対立」だけで語れるものではないようだ。
実際には、正統派と呼ばれる六派哲学の内部でも絶えず議論が交わされ、その相互批判の中から思想が磨かれていったようだ。

この点だけ見ると、部派仏教から中観派、唯識派などが発展していった仏教史ともよく似ている。


六派哲学」という分類は哲学史を整理するための便利な枠組みにすぎないようだ。
その中でも、ウパニシャッドの梵我一如の思想を受け継ぎ、後のヒンドゥー教思想の中心となっていくのはヴェーダーンタ派であった。

したがって、六派哲学を理解する際には、六つの学派を同列に並べるだけでなく、ヴェーダーンタが後のヒンドゥー教の思想的中核へと発展していく流れにも目を向ける必要がある。

ヒンドゥー教は、多くの神々や壮大な神話によって形づくられただけではない。その背後には、何百年にもわたって「真理とは何か」を問い続けた思想家たちの知的格闘があったのだ。

そして、この巨大な知的ネットワークに真正面から挑んだのが仏教であった。

次回から、ついに仏教と六派哲学の論争に入る。

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