15-4-3 ヒンドゥー教はいつ生まれたのか

ヒンドゥー教はいつ生まれたのか 仏教とインド哲学
ヒンドゥー教はいつ生まれたのか

ここまで、「バラモン教からヒンドゥー教へ」という流れを見てきた。
一本道の地図を描き、その後、その道を多くの支流が合流する大河として、肉付けしてきた。

シヴァ信仰とヴィシュヌ信仰

その大河に流れ込んだ最も大きな支流は何だったのか。
シヴァ信仰とヴィシュヌ信仰だ。
現在のヒンドゥー教では、シヴァ神やヴィシュヌ神は誰もが知る代表的な神々だ。
しかし、古いヴェーダを見ると、そうではなく、中心となる神々は戦いの神インドラや火の神アグニなどであり、シヴァ神やヴィシュヌ神は大きな存在ではない。

では、シヴァ神やヴィシュヌ神は、どこから現れたのだろうか。
現状の研究では、「もともと各地で信仰されていた神々や英雄信仰が、長い年月をかけてバラモンの伝統と融合していった」と考えてられているようだ。

例えば、ヴィシュヌ信仰では、クリシュナという英雄への信仰やナーラーヤナ信仰などが次第に結びつき、その思想が発展した。また、シヴァ信仰も、ヴェーダのルドラ神[1]だけでは説明できず、山の神、修行者の神、豊穣の神、地方の守護神など、さまざまな信仰が重なり合い、作られたと考えられる。つまり、どちらも一人の開祖が始めた宗教ではない。

バラモン教はそれらを排除せず、むしろ取り入れた。
人気のある神々や地方の信仰を、自分たちの宗教世界の中へ取り込み、新しい神話や哲学によって意味づけていったのだ。

ここで大きな影響を持ったのがインドの二大叙事詩『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』[2]だ。『ラーマーヤナ』の主人公ラーマは、理想的な王であり、理想的な夫として描かれている。どれほど困難な状況に置かれても正義を貫き、約束を守る。後の時代になると、人々はラーマを単なる英雄ではなく、ヴィシュヌ神が人間界に現れた姿だと考える。

『マハーバーラタ』にはクリシュナという魅力的な人物が登場する。彼は勇敢な英雄であり、かつ深い智慧を持つ教師である。そして後には、クリシュナもまたヴィシュヌ神の化身となっていく。

それまでの神々は、雷や火や雨など自然の力を司る存在として理解されていが、ラーマやクリシュナは、人々と同じように悩み、行動し、人間社会の中で生きる。
人々は彼らの物語を聞きながら、
「ラーマのように生きたい」
「クリシュナに守ってもらいたい」
と思う。

神が遠い存在ではなく、身近な存在へと変貌したのだ。
『マハーバーラタ』の中に含まれる『バガヴァッド・ギーター』は特に重要だ。
この書物では、身内との戦いを前にして苦悩するアルジュナに対し、ヴィシュヌ神の第八の化身であるクリシュナが人生の意味や行動を説く。
「自分の義務を果たせ」
「結果への執着を捨てよ」
「神に帰依せよ」
これは、後のヒンドゥー教の中心思想になる。
難解な哲学書ではなく、英雄たちの物語の中で語られ、多くの人々が自然に受け入れたのだ。

クリシュナの像(https://ja.wikipedia.org/wiki/クリシュナ)

一方で、思想の世界では六派哲学の一派であるヴェーダーンタ学派がブラフマンやアートマンについて論じ、宗教の理論的な土台を構築した。(六派哲学については後に少し詳しく述べる。)

こうして見ると、後のヒンドゥー教は、
哲学はヴェーダーンタ学派、
物語は二大叙事詩、
信仰はシヴァ派やヴィシュヌ派、
各地の民間信仰や地方神信仰

それらが加わって形成された、大きな宗教世界として見えてくる。

ヒンドゥー教と言う名前

この宗教世界には、古代から共通した名前があったわけではない。
ではどうして、「ヒンドゥー教」と呼ばれるのか。
人々は、自分たちを「シヴァ派」「ヴィシュヌ派」あるいは地域ごとの信仰として認識していた。

「ヒンドゥー」という言葉は、もともとインダス川の向こう側に住む人々を指す地理的な呼び名だった。それがイギリス植民地政府や西洋の学者たちは、インドの多様な宗教を分類する際、まとめて「Hinduism(ヒンドゥー教)」と呼んだのだ。
やがてインドの知識人たちもこの名称を受け入れ、自らの宗教をこのように呼ぶようになる。つまり、「ヒンドゥー教」とは、一人の開祖が始めた宗教でも、一冊の経典だけを中心とする宗教でもない。
近代において、名前を与えられたインドの宗教世界なのだ。

古代から続くバラモンの伝統に、ウパニシャッドの哲学、六派哲学、とりわけヴェーダーンタの思想、シヴァ派やヴィシュヌ派、地方神信仰や民間信仰、さらには叙事詩の世界までが何百年、何千年という時間をかけて融合した(?)宗教。それがヒンドゥー教なのだ。そのため、インドで人が生まれると、デファオルトでヒンドゥー教徒だそうだ。そして、今でも自分はシヴァ神を信仰している、ヴィシュヌ神を信仰していると言い、ヒンドゥー教徒だとは言わないようだ。

カラム:日本宗教:日本をよく知らない外国人が日本の宗教を外から見てどのように呼ぶだろうか。仏教だろうか。でも海外仏教には無い浄土宗や浄土真宗もあるし、神仏習合で神道と一緒になっているお寺もある。「え〜〜い、全部まとめて日本教だ」と言い出す人がいるかもしれない。これのインド版がヒンドゥー教だと言ったら、言い過ぎだろうか。

今回は、ヒンドゥー教へ向かう大河に多くの宗教的支流が合流した側面を見てきた。

では、思想的(哲学的)側面の支流である「六派哲学」は、どうなのだろう。
一枚岩だったのだろうか。 
六派哲学の派閥内でも派閥間でも激しい論争があったようだ。

その中で、後のヒンドゥー教の思想的中心となったのはヴェーダーンタ学派だ。
次回は、六派哲学の流れから、インド思想を見ていきたい。


[1] ルドラは、リグ・ヴェーダなどに登場する暴風・嵐・荒ぶる自然力の神で、暴風や疫病をもたらす恐ろしい側面と、雨や薬草をもたらす治癒と守護の側面が共存する「二面性の神」

[2] それぞれの成立年代は諸説あるが、現状で広く認められている学説では、『マハーバーラタ』は紀元前4世紀から紀元後4世紀にかけて成立、『ラーマーヤナ』は紀元前3世紀ごろに原型が成立し、紀元後数世紀にかけて整えられたとされる。

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