仏教も六派哲学の各派も共にインドの地に育った哲学・宗教であり、全く異質なものというわけではない。同じような知的土俵にいたので、多くの共通基盤を持ちつつ、反駁していた。
仏教と六派哲学は敵対関係にあったが、互いに相手から多くを学び、しばしば相手の議論を取り入れながら発展した。インド思想史は対立の歴史であると同時に、相互学習の歴史でもあった。これはインド思想を見ていく上ではとても重要だ。
まず大きな合意点・思想的な共通基盤を見て、その後どのような論争が繰り広げられたのかを概観することにしよう。
1.共通的な思想基盤
正統派(六派哲学)と非正統派は同じ知的空間の中で議論しており、共通する思想として以下のようなものを挙げることができる。
- 輪廻転生:インドに古くからある輪廻転生の概念は、ともに基盤として持っていた。すなわち、生死は一回では終わらず、存在は何らかの形で繰り返される、と考えていた。
- 業(カルマ)の法則:人の行為には結果があり、その結果は未来(来世含む)に影響を与える。
- 解脱が目標:輪廻からの離脱が最終目的であると、考えられていた。これは大きな価値観の共有だ。ところが、「解脱」の意味は後で大きな論争になっていく。
同じ地域、同じ歴史を持つインドにおいて、共通の基盤は他にもあったであろう。逆に近しいからその議論はより激しいものになったのかもしれない。
よくある話だ。身内ほど争いは激しくなる!
2.議論課題
このような共通基盤を持ちつつも、インド思想史の中で最も高度な哲学的論争が、六派哲学(正統派)vs仏教哲学の間で行われた。それは単なる宗教対立ではなく、「世界とは何か」「自己とは何か」「認識とは何か」をめぐる、本格的哲学論争だった。かなり高度で、現代哲学にも通じるものがある。彼らのいくつかの議論課題を見てみよう。
論争テーマ
簡潔に(多少の間違いに目を瞑って)書くと、論点は次のようなものだ。
テーマ: 仏教側 六派哲学側
自我: 無我 永遠の自己(アートマン)
世界の実在: 空・縁起 実体は存在
時間存在: 刹那滅 永続実体
認識: 表象・認識作用重視 外界実在重視
因果: 縁起 体因果
言語: 概念は仮構 普遍概念は実在
解脱: 執着消滅 真我認識
論理: 二諦・空 実在論的論理
この中から、興味深い課題についてその概要を見ていく。

仏教と六派哲学の論争。(by Chat GPT)



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